第21回 ダンパーメーカー「KYB」の環境への取り組み | ECO JAPAN(印刷用)
LCAという環境評価
環境問題がクローズアップされる中で、クルマの燃費が話題となっている。クルマは石油燃料を燃やすことで動力を得ているので、標的になりやすい。しかし、実際は、クルマを取り巻く環境問題はもっと複雑で、深刻かもしれない。
というのは、クルマは走っている時だけに二酸化炭素(CO2)や有害物質を放出しているわけではなく、クルマが製産される時や、部品や素材が製造される時にも環境への負荷が存在するからだ。今回はクルマの部品レベルでの環境対策についてレポートすることにしよう。
クルマの環境問題は燃費だけでなく、製造過程や部品などについても考える必要がある。
クルマの環境負荷を考えるとき、燃費以外では、LCA(Life Cycle Assessment)という評価方法がある。これは資源採取から廃棄・リサイクルまでの各段階で、クルマが環境に与える要因を定量化し、総合評価する手法であり、「ISO14040」で国際標準化されている。
トヨタのプリウスの場合は、走行段階だけでなく、生産から廃棄までの全段階で排出するCO2や大気汚染物質の総量を旧型車に比べて低減している。このように真の環境負荷を考えるならば、走行時だけではなく、そのクルマの製造から廃棄までの「生涯を通じた環境負荷」を考えることが必要だ。例えば、どんなに走行時のCO2削減が優れていても、製造時と廃棄時に環境負荷が大きければ意味がないではないか。
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こうした視点はあまり語られることがないが、クルマ産業の裾野を支える大手部品メーカーにとっては新たな課題でもある。ここに紹介するのは、世界シェア20%を誇るダンパーメーカーのカヤバ工業株式会社の取り組みだ。
同社は2005年10月1日より通称名称を「KYB株式会社」とし、「ケーワイビー」と呼ぶことになった。同社代表取締役社長の山本悟氏は「地球との共生」という、環境の時代を生き抜く骨太なビジョンを打ち立てている。
KYB株式会社 代表取締役社長 山本 悟 氏
環境対応ダンパーの登場
KYBが掲げるビジョンとはどのようなものだろうか? 企業全体では「地球との共生」をビジョンとして打ち立てているが、技術戦略では「化石エネルギーに頼らず、環境負荷低減を可能とする製品開発」であると、山本社長は述べている。
元々、油圧緩衝器機であるダンパーには、化石燃料から作られる油(オイル)が常識的に使われてきた。オイルの持つ粘性特性や潤滑特性がダンパーには欠かせない性能であったからだ。
KYBではダンパーの本質に着目し、従来のオイルとは違った新しい素材の開発に挑戦している。まもなく開催される東京モーターショー(一般公開は10月27日〜11月11日)では、その第一弾である「環境対応ダンパー」(Green Technological Damper:GTD)がデビューすることになった。
KYBのクルマ向けダンパー(ショックアブソーバと呼ばれることがある)のシェアは、国内では53%、欧州では20%、北米では10%、全世界では20%のシェアを誇るダンパーのリーディングメーカーである。これだけのシェアを持てば、メーカーとして化石燃料の代替を検討することは当然かもしれない。
さて、1台のクルマに使われるダンパーオイルはどのくらいの量なのだろうか。クルマの大きさにもよるが、1本のダンパーには250〜300ccのオイルが使われている。クルマには複数のダンパーが使用されているから、1台分ではなんと1L以上の量となるではないか。
全世界で製産されるダンパーのオイル使用量は、1年間で8万3000kLにも達する(2004年推計)。この量は25mプール148杯分、あるいはドラム缶41.5万本に換算できる。
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従って、これだけでのオイルを使わないでダンパーが開発できれば、環境負荷を大幅に下げることが可能だ。それではいったいオイルの代わりに何を使うのか。分かりやすくいうと「空気と水とバイオ」なのだ。
クルマのダンパーオイル使用量(出典:KYB株式会社)
3種類の環境対応ダンパーに試乗
開発を指揮したKYBのオートモーティブコンポーネンツ事業本部 技術統轄部・開発実験部 部長の太田晶久氏によれば、環境対応ダンパーの開発にあたっては次のような目標を掲げている。
1つ目はリサイクル時に土壌などへの影響が少ない「バイオ・ダンパー」(Biodegradable Fluid Damper:BFD)。2つ目は「代替オイル・ダンパー」(Alternative Fluid Damper:AFD)。そして3つ目は化石燃料を使わない「オイルフリー・ダンパー」(Oil Free type Damper:OFD)の開発である。
KYB株式会社 オートモーティブコンポーネンツ事業本部 技術統轄部・開発実験部 部長 太田 晶久 氏
社内には研究課題ごとに独自の開発チームが結成され、3種類の環境対応ダンパーを研究開発することになった。今回テストドライブしたダンパーは、まだ試作段階ではあるが、実際に公道を走行することができた。
果たして、走行性能はどのようなものであったのだろうか。そして、今後の課題はどこにあるのだろうか。
3種類のダンパーの全体像(出典:KYB株式会社)
環境対応ダンパー搭載車を試乗する筆者
ダンパーとしての性能も向上
まずは、最も実用化が近いと期待される「バイオ・ダンパー」からレポートしよう。
このダンパーの特徴はリサイクル時の土壌への優しさを考慮し、従来のダンパーオイルの代わりに生分解オイルを使っている点にある。ダンパーの基本構造やバルブは従来品と同じだ。廃棄されたバイオ・ダンパーのオイルは、微生物が60%以上分解する。自然環境と共生できるため、水回りの作業車に適している。
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実際に走ってみると、ノーマルのダンパーよりも剛性感があって、安心感が高いのには驚いた。タイヤやサスペンションがもたらす路面との接地感も良好であった。つまり環境に優しいだけではなく、ダンパーとしての性能も向上しているのである。
従来のオイルに代わって使われる材料は「合成エステル系の物質」。この材料の特徴がダンピング特性の違いとなっているのだろう。実用化は3種類の新しいダンパーのなかで最も早く、2〜3年以内には技術的な課題をクリアすることができるという。
環境負荷低減はもちろん、ダンパー本来の性能向上も重要なポイント。
次にテストしたのが、「代替オイル・ダンパー」だ。
このダンパーはバイオ・ダンパーと同じ構造であるが、オイルの代わりに水溶性代替液が使われる。分かりやすく言うと「水」ダンパーだ。メリットはオイルの使用量を減らすことができ、引火の危険性もないこと。
ダンパーとしては温度特性に優れ、応答性が高いことが特徴だ。従来のオイルでは温度が高まると粘性が低下し、ダンパーとしての性能が低下しやすい。しかし、この代替オイル・ダンパーは、実際のフィーリングではバイオ・ダンパーよりもさらに剛性感があり、ノーマルとは比べものにならないくらい優れている。
さらにリサイクル可能な材料が使える点も見逃せない。走行性能はダンピングの応答性が高いことが印象的であった。おそらくハイスピード走行に適しているかもしれない。実用化はバイオ・ダンパーの次に位置づけられており、5年先を目処としている。
ダンパーを手にする筆者
総合的な環境評価の重要性
最後は究極の環境対応ダンパーである「オイルフリー・ダンパー」だ。
従来のようにオイルを使わず、不活性ガスを使う。メリットは環境負荷の大幅な低減が可能であることと、オイルを使わないので引火の危険性がないこと。通常のオイルは温度上昇に伴ってダンピングが低下するが、気体ガスは温度が上がることで圧力が高まり、結果としてダンピング特性が向上するという特徴を持っている。
課題は潤滑性や耐久性である。走行性能はマイルドな乗り心地が印象的で、ロードノイズも静かなので、高級車には適したダンパーのようであった。
実際にステアリングを握ってみて、その完成度の高さに驚いたが、コストや耐久性という課題を乗り越えると、環境対応ダンパーは一気に普及するのではないだろうか。10年以内には充分に実用化が可能と期待される。
クルマ1台あたりオイルを1L以上も使用するダンパーから、環境負荷の少ないダンパーへ、KYBの取り組みは続く。
クルマの環境問題というと「燃費」にばかり注目が集まるが、製造から廃棄までを考えた、総合的な環境への取り組みも重要である。今回はLCAという製造段階における環境負荷を話題に取りあげたが、総合的な視点がとても重要なことが理解できたのではないだろうか。
例えば、プリウスは環境に優しい優等生となっているが、実は、LCA的評価では製造時に排出されるCO2はカローラよりも多い。地球資源という意味も込めると、製造時は「SOIL TO SOIL」(土から土へ)、クルマが使われている時は「WELL TO WHEEL」(井戸からタイヤまで)という、総合的な環境評価を考えることが重要なのである。
つまり、クルマが地球資源から作られ、土に返るまでの効率(土から土へ)と、燃料が地球資源から供給され、エンジンで駆動してタイヤで動くまでの総合的効率(井戸からタイヤまで)を考えるべきであろう。
ダンパーメーカーだけでなく、最近はタイヤメーカーなどでも環境への取り組みが積極化している。環境問題は局所的な視点に陥りやすいが、大きな視点で見つめることが必要なのかもしれない。
今回の試乗の模様は私が主催する動画サイトでも見ることができるので、興味のある方はアクセスしていただきたい。
総合的な視点でクルマの環境負荷を考えることが重要
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